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仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
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うちあけるほどに沈みゆく
パトリス・ルコントは、「ゆがみ」を実にエレガントに、隙なく描く。
この物語はどのように着地する?「親密すぎるうちあけ話」を観ている間、それが何より気になった。
重要な仕掛けと思われた「追いつめられたヒロインが、税理士をセラピストと間違える」は、比較的序段で彼女に明かされ、彼女の夫を除いた主要人物も、観客と共にこの仕掛けを共有する。そこに、思いがけない緊張が生まれる。
見知らぬ他人だからこそ、うちあけられた話。そんな話を通し、彼らの間に感情がわきおこり、ふたりは他人以上の関係となっていく。…親しくなっても、うちあけ話は可能なのか?
そして、次第に私たちは知らされれる。うちあけ話とは、秘密を明かす以上に、うちあけずにおく部分を水面下に深く沈める作業なのだ、と。
彼女は束縛から解き放たれ、彼もまた束縛から身を放つ。そして、ふたりは新たに出会う。レコードが裏返され、B面となるように。今度は、彼が語る番なのだろうか? 聴き手である彼女が長椅子でくつろぎ、彼は今までどおり生真面目に、姿勢を正して語り始める。室内のふたりを俯瞰するカメラワークは美しく幾何学的だが、音楽は重く、どこか不穏さをかもす。
彼の新しい部屋には、南仏の陽光が燦々と降り注ぎ、壁の白さが一層はえる。薄暗く、くすんだ色調でまとめられた前の部屋とは対照的だ。けれども、よく見ると、家具も玩具のコレクションも以前と同じ。配置さえも今までどおりなのだ。そう気づいたとたん、ふたつの部屋が重なり合い、時を遡るような錯覚を覚えた
また、隣人であるセラピストも、断片的な登場ながら謎めいた印象を残す。彼は金銭や時間の枠にシビアで、税理士の男と常に一定の距離を保つ(職業人として当然のことだが、その一方で男をランチに誘い、「相談料」としてデザートまでおごらせてしまうのが可笑しい)。しかし、彼の言葉すべてがセラピストとしての助言だろうか?単なる隣人としての言葉との線引きは難しい。さらに勘ぐれば、普段「聴き役」を務める彼こそが、(彼女以上に)税理士の男を「理想の耳」としたようにも思える。
セラピストは周到に多くを語らず、男に選択をゆだねた。そして、私たちもまた、彼に選択をゆだねられている。
「とにもかくにも、選択し、一歩踏み出すのはあなたです。大切なのはこれからなんですよ」という常套句に、極上の職業的笑顔を添え、彼はささやく。

cma

※仙台短篇映画祭・音楽プログラムで短篇「ボレロ」が上映されますパトリス・ルコント監督。そんな彼の「DOGORA」が都内にて上映開始の模様です。彼曰く、「役者もなく、シナリオもなく、言葉さえもない」映画らしい…。気になります!仙台では観れるのだろうか(^^;)
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