shortpiece!blog
仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
連載20~「ゆれる」妄想…
(この文は、映画「ゆれる」の結末にふれています。)

さようなら
もう、ぼくの目には何もうつらない。
もう、ぼくの心には誰もひびかない。
ぼくは、遠くに来すぎてしまった。
手を上げて、バスを止める。
きっとこのバスが、ぼくをどこかに連れて行ってくれる。
どこに向かえばいいかはわからないけれど、とにかく、ここにはいられない。
バスに乗ろう。バスに乗らなければ。
さようなら。
…この「さようなら」は、誰に向かって言っているのだろう?
七年前の僕?
七年間の僕?
それとも。
向こう側で、誰かが手をふっている。
誰かが僕を、懐かしい名で呼んでいる。

さようなら。

………

彼は、バスに乗ったはず。
直後にそう確信した。…けれども、時間が経ち思い返すにつれ、確信はゆれる。そして今は、こう思う。
彼は、バスに乗れなかった。またしても、弟を置いていけなかったかもしれない、と。
もし、そうだとしたら…七年を経ても彼は自分を取り戻せず、弟だけが兄を取り戻したんだろうか?いや、そんな兄らしさこそが、失いたくない自分自身だと、彼は考えたんだろうか?
田舎では、堅実ないいひとを装わなければ生きていけない。都会は、刹那的でわるい人間が生きるのに似合う場所。そんな役割分担を、彼ら兄弟は壊したのではなかったか。
水音以上に、車の音は彼らの声をかき消し、遮断する。あのときも、これからも。その一方で、車は、都会でも田舎でも自在に走り回り、2つの場所を行き来し、繋ぎ得る。…エンストしない限りは。
車に乗って、彼らはどこに向かうのだろう?

cma

※「ゆれる」は、チネ・ラヴィータで公開中 ※
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。