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仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
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われらが隣人の煩悩  在仙大学映画部合同上映会「仙台ムービーパーティー2006」
「映画なんて誰でも撮れる。でも、誰でも撮れる映画が撮りたい訳じゃない」。この宣言のもと、在仙の6つの大学の学生たちが撮った作品群が、「仙台ムービーパーティー2006」で上映された。数分間の作品から、長くても30分強のものまで計14本の作品で構成されたプログラムは、言ってみればひとつの、あるいは文字通りの「仙台」短篇映画祭である。

この仙台の街で、これだけ多くの学生たちが日々映画に取り組んでいるなどと、恥ずかしながら今まで想像したことはなかった。今回、すべての作品をくまなく観ることはできなかったのだが、そこには私自身が日頃なじんだ街角や公園、見慣れないけれどどこか既視感の漂う郊外の住宅街などが写りこんでいた。自分の暮らす街を映画のスクリーンのなかに見ることは、嬉しくもありなぜか少し照れくさい。そこで動く登場人物たちが、もしかしたら私自身とすり替わるかもしれないと思わせるからだろうか。

実際、それぞれの作品で展開される物語、人々の悩みは別に特別なものでも異様なものでもない。大学生らしい女の子とその彼氏の淡々とした日常と、彼女が夜ごと苛まれる悪夢に出てくるキョンシーとの交流を、ひょうひょうとした可笑しさで活写した『キョンシー』。中国版ゾンビの仰々しい特殊メイクに目をくらまされそうになるが、ここで描かれているのはキョンシーの抱く寂しさと、友だちが欲しいというごくありふれた願望だ。『イカネバナラヌ』の若者は、金に困って食うものもなく、掃きだめのような部屋でどんづまりになり、死を選ぼうとするが死にきれない。その焦燥感。だらしのなさ。よくある話といえば実によくありそうだ。教え子に不倫がばれて授業をボイコットされている国語教師が、それでも不倫相手である恩師のためについ買い置きしてしまう焼きプリン(『私、先生、先生』)。それを買ってしまうのは私かもしれない。彼らの煩悩は、映画を観ている私の煩悩と紙一重で、それが住み慣れた仙台の街で知らず知らずの間に交錯する。

世界中で日々産み出される多くの映画が描くのは、万人の煩悩なのかもしれない。それが自分の街を舞台にしたものであればなおさら、私たちのすぐ隣にいる人の、あるいは私自身の、しょうもない、瑣末な、しかしうまく片付けることもできない煩悩を映画のなかに見い出してしまうということだろうか。

「仙台ムービーパーティー」が、仙台で暮らす人が仙台で撮った映画を、仙台のシアターで観る体験ができる貴重な機会であることは、紛れもなく確かだ。次回は4月の予定とのこと。どんな煩悩を垣間見ることができるのか、密かに愉しみに待つことにする。そこに映っているのは私かもしれないけれど。


佐々木 愛

『キョンシー』東北学院大学映画部 監督:成田 啓吾 33分
『イカネバナラヌ』東北大学映画部De・Palma 監督:濱田 哲洋 25分
『私、先生、先生』宮城学院女子大学映画部 監督:中村 四季穂 15分

在仙大学映画部合同上映会「仙台ムービーパーティー2006」
2006.11.12  せんだいメディアテーク スタジオシアターにて

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2007/08/01(水) 10:42:50 | 大学受験最新ガイド
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