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仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
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今だけを
ETV特集で「スコセッシが語る今村昌平」を観た。

フィルモグラフィを網羅しているわけではないが、今村昌平、気になる作家ではある。ただ、強烈すぎて手に負えない感があり、いまだじっくり向き合ったことは無い。
昨年smtでの追悼上映で見た『赤い殺意』は、画面に充満するバイタリティに圧倒された。
そういえば、今はなき仙台松竹劇場で、唯一リアルタイムで観たイマヘイ映画『うなぎ』も、うなぎの肌のごとくぬめっとした、妙な生々しさに満ちていた覚えがある。

戦後の闇市を生き抜いた人々の映画と、現代日本の作家とを比べることはそもそも的外れかもしれないが、決定的な違い、それはとことん「今」にこだわり、「今」をフィルムに焼付けようともがき、「今」を映画から立ち上げようとする姿勢なのかもしれないと、スコセッシの、水をえたような生き生きとした語り口を眺めながら、ぼんやりと考えていた。
イマヘイの描く「今」は、「今の空気感」などという生易しいものではない。もっとドギツイ、「生きもの」としての人間の記録なのではなかろうか。

そういえばスコセッシも、「今」だけを描こうとしている気がする。決して洗練されてはいないかもしれないが、映画を額縁に入れて飾るのではなく、フィルムの一瞬一瞬に命を宿らせようとするその姿勢が、私は好きだ。


佐々木 愛
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