shortpiece!blog
仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
201705<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201707
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
新しい才能よりその3 「クーラン・オプティック」
私の頭は台詞の多い映画には其れに何とか追いつこうと脳が回転を始める。
通常のプロセスは、台詞を聞く。意味を考える。回答を出す。
其れが自らを納得させつつ其れが物語を繋いでストーリーを形成する。
情報が多量に流れ込むとこの一瞬の思考の処理が追い着かずに停止する。

語られる台詞の質量と速度にもよる。
多いと言えどもエディ・マーフィやクリス・タッカーが放てば直感的に笑え
「エドワード・ヤンの恋愛時代」ぐらいならば設定が工程を補助する。
しかしゴダールぐらいになると回線が熱暴走を開始しお手上げだ。

佐々木健太監督の「クーラン・オプティック」の冒頭、
一人の女性が歩いて行く後ろ姿をカメラが只管追掛ける。
女性は間断なく台詞を呟きながらどんどん其の歩を進める。
其の情報量は凄まじい洪水の様に脳の許容量を満たしていく。

私は独楽が揺れる如き脳と耳でスクリーンを見続ける。
思考を停止してても視覚と聴覚迄は死滅しないし、
肌感覚で作品の放出する空気を感じ取ることが可能だ。
言葉は音階を持ち、リズムを奏で、音空間を形成していく。

音楽の歌詞を租借して其の意味自らを重ねる等感じ入ることはあれども、
初めて其の音楽に触れて人々が共感するとき、
其の都度歌詞の意味を考え明確な回答を出しているだろうか。

音楽となった台詞が映像と重なり合う。
映像もまたカットとカットを重ね、静と動を組合わせ緩急を付け、
演技と演出もテンポとリズムを創造していく。
尚、此処では必ずしも観客が受ける印象が心地よくある必要はない。
計算の上で敢えて観客に居心地の悪さを与えていくのもまた技だ。

クーラン・オプティックは、濃縮された情報の怒涛を突き抜けた先が存在する。
其処に至る前に論理的脳をフル回転させ作品に挑戦的に鑑賞するのも良しだけども、
作品を語り綴り形成するのは台詞や物語だけではない。
其の処理速度から脱落しても、あなたは其の先にも"鑑賞"を発見する。
ほぼ全ての作品に対し言える事で映画は"感じるもの"でもある。
其の感覚を味わって頂きたい。


(TH)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004 Powered By FC2 allrights reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。