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仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
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長すぎない! 幸せな2時間40分(沖田修一監督「横道世之介」)
前回が思い出せないくらい久しぶり!に試写会に当たりました。作品は、昨年の映画祭にゲストで登場、特集プロ、「新しい才能」コメンテーター、関連企画…と大活躍してくださった、「南極料理人」「キツツキと雨」の沖田修一監督の新作「横道世之介」。映画祭に、出来たてのチラシを持ってきてくださったあの作品です。観た感想は…まさに大当たり! 沖田監督、最高です! 皆様、どうぞお楽しみに。ぜひご覧になってください。
cma

以下、レビューです。


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映画は、90分ちょいが丁度いい。常々そう思っている。それなのに、 本作は2時間をゆうに越える2時間40分。観る前は少々不安があった。けれども、それは 全くの取り越し苦労だった。つくづく しみじみ、幸せな2時間40分。観終えた今も、あれやこれやと思い出し笑いがこみ上げる。終始、(いわゆる)たいしたことは起こらない。けれども、かけがえのない出来事が詰まっている。頭の隅に追いやっていた様々な記憶や想いを、心地よく刺激してもらった。
映画になると知り、事前に原作を読んだ。そのときは、この小説をどのように映画にするんだろう?と半信半疑だった。吉田修一さんの文章は素晴らしい。ぐいぐいと読ませる。だからこそ、そのまま映画でなぞってはいけない。そこが映画の面白さであり、映画化の難しさなのだと思う。
本作は、原作に寄りかからず、あくまで映画の空気を大切にしている。原作は、世之介という名前の由来である井原西鶴の「好色一代男」を意識したかのような軽妙な語り口が印象的で、名前にまつわるエピソードも何度か登場する。だが、映画はそこらへんをばっさりカット。さらには、映画オリジナルのエピソードがさりげなく織り込まれている。それでいて全く不自然さがなく、世之介(と彼を取りまく人々)らしさに満ちている。文章にするとヤボなのでいちいちあげないが、思い返すにつけ、顔がほころぶ。 共通していたのは、通常ならば終盤に置かれるであろう、世之介にまつわる「仕掛け」が中盤で明かされる点だ。原作を読んで知っていても、気持ちがざわめく。とはいえ、仕掛けに流されない物語のふくらみは、映画でも健在。あざとくなりかねない冒険が、出しゃばらずに効果をあげている。
そして何より、キャストの素晴らしさ! 文字で読んだときは「本当にこんな人がいるかな?」とちょっぴり思った。それが、本作のおかげで、世之介が、祥子が、生き生きと動きだし、きらきらと魅力を放ち始めた。特に、吉高由里子! 世間ずれしたお嬢様を、あれほどチャーミングに演じられるのは彼女だけだろう。「婚前特急」を観返したくなった。
また、「あえて語らない」点も印象に残った。例えば、「可愛いエプロンを着た世之介のおばあちゃん」は登場しない。どんなエプロンだろう、どんなひとだったんだろう、と考える。世之介を思い返す彼らのモノローグも、一切語られない。なかでも、世之介が憧れたバブルのあだ花のような千春(伊藤歩)の沈黙は、クールで美しい。映画ならではの余韻だと思う。
蛇足ながら…途中、ふと思い出したこと。
映画を通じて知り合った、当時学生だった若い友人。そういえば彼も踊っていたなあ…サンバだったかな…でも、なんか違うような…太陽かぶって踊ったりはしてなかったよな…「あ。」
彼がやっていたのは、サンバではなくサルサでした…! とはいえ、サルサを踊れる人に出会ったのは彼が初めてで、「へえー、踊るんだー、踊っちゃうんだー」と思ったものです。
そうだよ、I田くん、キミのことだよ。元気にしてますか? 映画観てますか? 「横道世之介」、ぜひ観てね。

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「横道世之介」2012年、日本
監督 脚本 沖田修一
脚本 前田司郎
原作 吉田修一
出演
高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛
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