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仙台短篇映画祭2011 9月17日(土)-19日(月・祝)
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なみおかのこと
幾つかの山を終え、久しぶりに樋口泰人さんのboid.netへ、そこで青山監督の怒りのメールなるものを発見し、そこからなみおか映画祭ディレクター三上雅通さんの書かれたなみおか映画祭終結の文に辿り着きました。
14回目にしてなみおか映画祭が終結。何度も何度もその文章を読み返し、青山監督の文章を挟んで、また読み返すという昼休みを過ごしました。
日活の巨匠と言われた神代辰巳監督を取り上げ、22作品を上映する予定だったが、内容を知った市教委が「補助事業にふさわしくない」として、実行委に補助金を出さない。
といった内容で場所も提供も拒まれたとのことでした。
神代監督の名はあらゆる映画人の中から必ずといって出てくる名前です。日活ロマンポルノという括りを越えて神代監督の作品は語られ、継がれ、上映されています。
自分は神代監督の作品を語れるほど観てはいないので、相応しいとか相応しくないとかは意見が言えないのですが、多くの映画監督に今もなお影響を与え、強く指示されている神代作品には、残るべき、継がれるべき、ちゃんとした理由があると思うのです。そういった作品の下には、そうはなり得なかった何百倍もの膨大な数の作品が作られてきた。本当に僅かなものだけが、その使命を果たすべく今に継がれているのだと思う。ならばそれを埋もれさせてはいない。映画は上映されてこそ、観られてこそ映画になるということをけして忘れてはいけない。
なみおか映画祭はそういった時代を切り取った映画や、なかなか上映が難しい、それこそ映画館ではもう上映できない作品を数多く上映して来ました。映画の間口の狭かった自分たちの目から鱗をたくさん落とし、様々な映画の存在を教えてくれました。
東京や大阪とかでは未だそういった作品を上映する映画館もありますが、シネコンばやりの昨今、ここ仙台でレイトというかたちでセントラル劇場の小野寺さんががんばっていますが、20本以上でなる特集上映はなかなか難しい。また映画館でそればかりやっていたのではおそらく経営が傾いてしまう。
だからこそ、そうだからこそ、映画祭がやらなくてはと強く思うのです。
映画祭は映画館ではない。だから意志を持った上映のラインナップが出来る。
残すべきもの、継いでいくこと、掘り起こすこと、何よりもみせたいもの、そんな作品をみつけ上映していく、みせたいと思う作品を自信を持ってみせていく、映画祭だからこそ出来ることを、なみおかは映画祭は最後まで貫ぬきました。
三上さんの終結文には自分たちにもいつかやってくるであろう問題が書かれています。
合併して浪岡という町はもうなくなりましたが、なみおか映画祭のやってきたことを浪岡の人は誇ってほしい。浪岡という2万人の町の大きな財産だったのだから。
100万都市の仙台で、誰かのきらめく宝石になってくれることを願い、5回目の短篇映画祭がまもなく始まります。

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コメント
この記事へのコメント
映画祭
14回も続いたなみおか映画祭、「ポルノ」だからというひどく単純な理由で支援の打ち切り。私は上映会の企画に関わってホントに日が浅いですが、検討に検討を重ねて練り上げ、時間をかけて形にしていくものです。その苦労は、まして大きな映画祭ともなれば、どれだけのものか計りしれません。それだけ苦労をして作り上げた映画祭の歴史の重みをただ「ポルノ」と決め付けて、その芸術性を全く無視し、ついには映画祭そのものを消してしまう。あまりな話に相当ショックを受けました。せめて映画祭自体は存続して貰いたい気持ちで一杯です。
jun
2005/09/14(水) 21:49:32 | URL | #-[ 編集]
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